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源氏物語にみる「病」‐千年前と変わらない病への思い‐

<執筆者プロフィール>

黒野 伸子

宮崎学園短期大学 現代ビジネス科 学科長・教授

専門:診療報酬制度、医療保障制度、医療史、医学史

はじめに

 今年は、大河ドラマの影響もあって、『源氏物語』関連の書籍を多く目にするようになりました。 『源氏物語』は、約1千年前の平安時代中期に書かれた長編小説ですが、意外に「病」に関わる描写が多く、古代の人々が「病」とどのように向き合ってきたかを知ることができます。今回は、『源氏物語』に現れる「病」を2例紹介し、千年前の人々が「病」をどのように考え、扱っていたかを知り、現代につながる医療観を考えてみましょう。

■「病」で人の性質を描く-家に入ってこないで!

 雨が降り続く夜、主人公光源氏が友人たち3人と恋バナをしています。そのうちの一人、藤式部丞が、付き合っている女性の家を訪れたときのお話です。彼女はとても頭の良い人だったようで、彼に漢詩文なども教えていました。その彼が長いこと会いに来なかったので拗ねていたのでしょうか、会ってくれなかったのです。「長いこと連絡もくれないで、家に入ってこないで!」と言いたかったのでしょうが、まだ彼に思いが残っていた彼女はこんな言い方をしたのでした。

 「数か月の間、風邪がとてもひどくて耐えられず、極熱の草薬を飲んでいて、とても臭いの。今日は会えないけど、この臭いが消えた時に来てね。」

 

 「極熱の草薬(ごくねちのそうやく)」とは現在のニンニクのことで、古くから諸病の治療に用いられていました。一説には解熱剤と言われています。原文では、病名は「風病」と表記されています。古来、風が体内に入って臓腑に発した病の総称なのですが、症状や服薬状況から推測すると、風邪だったのではないかと思われます。会えない理由を病気のせいにして、相手を傷つけないようにふるまったのです。ところが、断った理由があまりにストレートだったため、彼はがっかりしてしまいました。当時は、自己を強く主張しない、穏やかな性質が好まれていたので、優しい言い方を期待していたのです。しかし、病気になったら、適切な治療を受けて休む、という医療観を持っていたこともわかりますね。
「病」を使って覚悟を決める-もうあなたには会わない!

 光源氏がある女性(空蝉)を好きになり、何度も誘います。ところが空蝉には夫がいます。光源氏に心惹かれるも、誘いに乗ることはできません。そこで、彼女は侍女に

「体調が悪いから、侍女たちをそばにおいて、肩や腰を揉んでもらっています」

 

と伝えさせました。嫌な女で通そうと空蝉が覚悟を決めた一文です。身体的な不調を理由に相手の要求を拒否すれば、一応の人間関係は保たれます。病をお断りの便利ツールとして利用したのです。現代でも健康上の理由はよく使われていますが、古代の人々も同じ考えを持っていたようですね。前の例では、「風病」が使用されていますが、今回の例では病名を直接に表現しないことで、空蝉の控えめな魅力を描き出しています。

おわりに

 『源氏物語』が書かれた時代は、紙がとても貴重だったため、作者は有力な貴族の支援に頼って執筆していました。したがって、病名も読者が理解でき、体感できるものでなければ効果がありません。物語は虚構の世界ですが、当時の読者であった貴族たちの医療観を反映しているといえます。今も昔も変わらない医療への思いが伝わってきます。

参考文献

石田穣二、清水好子校注(2004)『源氏物語一』新潮日本古典集成、新潮社
小笠原愛子(2020)「描かれた病 : 『枕草子』と『源氏物語』に見る典型」『大阪夕陽丘学園短期大学紀要』第63号、pp.1-11

金 玉京(2009)「平安時代の女性たちの自己主張-『源氏物語』の「女」という語を中心に-」『日本文化學報』第42輯、韓国日本文化学会、pp.59-75
黒野伸子、大友達也(2018)「『源氏物語』における「病」小考-空蝉巻、夕顔巻、若紫巻を中心に-」『岡剤女子大学・岡崎女子短期大学紀要』第51号、pp.27-36

※本日のテーマと関連する授業は、「医療マネジメント論」「医療サービス論」「日本文化論」です。